2018年07月02日 2018年07月18日

フリーランスママWebデザイナーに合う働き方は?3タイプの働き方を試した立場から感想を物申すよ!

妊娠中からフリーランスになって7年ちょい。
就職を決めました。

なぜ、就職を決めたのか?
心境の変化について、書き残します。
フリーランスになったものの、同じように就職を考え出した方の参考になったら幸いです。

就職だなんて、フリーランスや独立がもてはやされるこの時代には、珍しいケースかもしれません。

でもね、就職は負けじゃないよ?
どんな人生を歩んでも、いいんだからね?

どうしてフリーランスになったの?

私がフリーランスになったきっかけは、結婚し「こども」を意識したことでした。

当時の会社の副社長に「子どもが生まれたらどうしたらいいんですかね?」と聞いたら、「フリーランスじゃない?」と言われたので、「そっかーフリーランスかー」と思って準備を始めました。
(多分彼に深い意図はなかった)

るこるこ
動機がめっちゃ浅はかですが、副業ユルユルな業種だったので、常に副業してました

こんな浅はかな理由でフリーになった割に、7年半ほどフリーランスを続けました。
仕事がなくなったわけではありません。

それでも、就職を考えるようになった理由は、人恋しさと一体感。
そして、時代の移り変わりによって、選択肢が増えたことでした。

わたしが選んだWeb系フリーランスの働き方

  • (1)制作会社の下請けWebデザイナーとしてフリーランス
  • (2)常駐型の業務委託(時短勤務)+時間に融通のきくフリーランス案件
  • (3)個人・中小直受け

8年間でこの3つを経験しました。

どれが働くママに適している?

東京近郊にお住まいなら、間違いなく(2)常駐型の業務委託(時短勤務)です。

実際、一人法人になった方でも、常駐型の業務委託をされている方が結構いらっしゃいました。
なんやかんやで基本的な生活費を確保するためには、業務委託が安定していた印象です。
お互いがWin-Winな傭兵部隊なんですよ〜。

リモートワークもありますが、家のパソコンでできてしまうことがネックになることも。
「そこでしかできない」という縛りがあることで、仕事とこどもとの時間をしっかり分けることができました。

ミッションがあれど、余裕がなければ飯は食えぬよ

(3)個人・中小直受けは、同じ立場の方を応援したい!
と思ってはじめたのですが、応援って自分に余裕があるからできるんじゃない?
ということに気づきました(アホ)。

また、「つくればヨシ」だと思っている方が多く、啓蒙の必要があったこと。
参入障壁の低さゆえに価格競争に巻き込まれ、違う種類の疲弊ルートへ……どっぷり。

また、お休みの日時が人によって違います。
日中や平日はクライアントのお仕事をしている方ですと、週末に連絡が。
Web担当者をつけられず社長が兼任している場合ですと、夜連絡が。
うまいこと調整することが難しい印象でした。

在宅OKでもコアタイムに気をつけて!

(1)制作会社の下請けWebデザイナーとしてフリーランスは、制作会社勤務の延長線上で、在宅対応することになります。
活動が賑やかになる時間帯は12時〜17時、19時〜23時。
こどもを保育園に預けながら働くには、時間帯に無理がありました。
夜中起きて対応していたら、カラダ壊しましたし。

実録フリーランス生活

1年目:楽しすぎでした!!(下請けフリーランス)

計画通り4社ほど取引先を増やし、手堅くフリーに。
収入的にはソコソコ安定していました。

表参道の制作会社に出入りしていて、自由に席を使わせてもらっていました。

下の階に営業会社が入っていて、バーベキューやお花見に混ぜていただいたり、「独立した存在でありつつ、チームとして働きたい」という私の願望をフルに叶えられる環境でした。

一緒に提案にいったり、提案先に提案内容だけパクられ安かった他社が受注したり笑。
フリーランスとしての洗礼をかなり受けた気はしますが、ブーブー言い合える仲間がいたから、とても楽しかったことを思い出します。

前職場から常駐案件を打診され、10:00〜19:00まで港区の制作会社にお邪魔して、20:00〜2:00頃までフリーランスの仕事をしていた時期もありました。

この時期に出会ったのが、水戸でWebディレクターを営んでいる623さんです笑。
その後、一緒にお仕事をしたり、公私ともに仲良くしていただいてます。

他には制作会社大手某社のディレクター名刺をいただき、ディレクターもどきとしてクライアントの所に出入りしたり。
色んなポジションで様々な会社に出入りできる事が楽しかったのです!

そう、わたしはそもそも会社に行くことも、チームプレイも大好きでした。
これが、産後のネックになるとは知るよしもなかった……。

るこるこ
DINKSであったり、サポート環境が整っている方なら、ず〜〜〜っと楽しいんじゃないかなあと思います。ジェラシーだよ。くぅ。

2年目:むちゅめ生まれる(下請けフリーランス)

緊急帝王切開で出産。
入院中にスマホでWordPressの更新案件に対応したりと、まだまだ元気でした。

赤ちゃんのお世話は大変……。
とはいえ、今思えばそこそこ時間に余裕があったんだと思います。
その頃はじめてのブログをはじめましたw(移植したので、記事だけ残ってます)

育児4コマを書こうと思って始めるも、余裕がなくなった

この頃はまだ、夫と仲が良かったのね〜(しみじみ)。
この後、お金の問題で人間関係が壊れます。
半々稼ぐ前提の生活設計怖いですよ。気をつけてね。

心の余裕は、まったくありませんでした

産後はげんでいたことは、保育ママさんに申し込むこと。

フリーランスでしたので、生後4ヶ月で仕事復帰しました。

江戸川区の保育園は、1歳から。
周りはみんな産休で、後ろ髪ひかれる気持ちでした。

同じ寝不足でも、産前より大変

赤ちゃんは眠ってくれさえすれば、お仕事できます。
いざとなったら抱っこしながらでもできます。
しかし、うちのむちゅめは寝付きが悪かった。
毎日1時間半〜2時間抱っこして家の中をあるき、なんとか寝かせていたので、その頃の私はやつれていました。
(今はぽちゃってます……)

仕事的にいえば、夜間対応もできたので、制作会社案件や大手クライアント様の案件に携われていました。
やりがいはあったし、楽しかったです。

当時、無職になっていた弟がいたので、フロントエンドエンジニアにしようと思って教育したのに、再就職しちゃったよ! という話もありました(笑)。
なんにしても一人でやるのは大変だね。

3年目:むちゅめ1歳・保育園児になる(下請けフリーランス)

むちゅめは3月生まれで、免疫力にハンディキャップがありました。
入園後は月の半分はお休みする勢い。

それだけでなく、1歳ちょうどにRSウイルスにかかったことがきっかけで、ぜんそく持ちに……。

毎日2回の「吸入」が阿鼻叫喚。
おくすりも飲ませなきゃで、ほとほと疲れているのに、保育園で病気をもらってくる。
そこから、ハードモードに突入しました。

夫はこどもが寝た頃に帰ってくるし、病気になったむちゅめのことを悪くいうし、病気のツケは全てといっていいほど、私がかぶりました。(ここでまた夫婦関係が悪化しますw)

案件をあまり受けられなくなってしまった関係で、徐々にアシスタント的な案件が回ってくるようになります。
当時は身の程知らずで、まだプライドがあったので、徐々にその会社とのお付き合いは、フェードアウト。

これは、良い選択でした。

4年目:むちゅめ2歳・ハードモードのツケがカラダにでる(常駐型フリーランス)

このときは、「ママでもOK!」とうたっていたLP制作会社の案件を受けていたのですが、ママでもOKじゃない時間帯と曜日に電話がなってゲンナリしていた時期です。

スケジュールを抑えていたのに白紙になったりと、コントロールの効かなさにものすごいストレスを感じていました。
仕事に当てられる時間が少ないということは、バッファも少ないのです。

るこるこ
ていのいい即戦力を求めてるだけで、ママの実態知らないでしょ!

イヤイヤ期のむちゅめのお世話をしつつ、夜中まで働くハードモードのツケがたまりだしたころ。

私自身が胃潰瘍から謎の発熱まで病気になりまくり、「受託制作はもう無理〜〜〜」と思うように……。

ホワイト企業の子会社に常駐

ここからヌルヌル生活が始まり、ブログを本気で始めます(笑)。
2014年は頑張ってたんですよ。

朝5時に起きて記事かいてたし、昼休みもiPadで記事かいてたし!

その証拠に、このブログのPVはほぼ2014年の記事が担っています。

非常にホワイトだったので、東京ディズニーランドの年パスをとって毎週末、むちゅめ(2〜3歳)とインパークしていました。
楽しかった〜。良いストレス発散でした。

仕事に対する思い入れが減っていく

文章にすると明らかですが、仕事の思い出が特になくなっております。

リニューアル案件での常駐だったため、量産系。
スキル的には、数年ぶりにコーディングに携わりました。

るこるこ
WordPressテーマを作ったりしてますが、コーディングはあまり得意ではありません笑。

大人の女性向けブログ用WordPressテーマ blanc note.(無料だよ)

5年目:やりがいのある仕事を求める(直受けフリーランス+常駐型フリーランス)

安定したお仕事って、ちょっと退屈なものです。
ふと思ったのですが、常駐していても「外部ポジション」ですと、内情がわかりません。

わたしは「なぜ?」が気になる人で、バックグランドがしりたい病。
なぜ、その指示になるのか?
なぜ、このような改修を加えるのか?

が、ふわっとしかわからないポジション。
時短タイムで、ゆえに社内のメンバーと交流する余裕がない。

るこるこ
あー、温度差感じちゃう。時短つらい。

と思うようになりました……。
これはリモートでも同じな気がします。

プライベートではとうとう、3年3ヶ月に渡る授乳が終わったw

↑上記の体験談を、BabyLife2016年Summerに掲載していただきました

やりがいのある仕事ってなんだろう?

多分わたしはさみしかったんですね。
クライアントとの一体感を求め、個人や地元密着系の働き方を考え出したころでした。

ところが住まいが東京都。
地域絞りが結構厳しいという現実に気づきます。
その証拠に、フリーランスは企業に吸収されているケースがほぼほぼ。
そりゃそうですよね。

さらには、直受けの場合は、制作能力よりも営業力とサポート力が大切なんだということが骨身にしみました。

営業力も無ければ、サポート業務は、自分が物心ついた頃からリテラシー高めだったため、わからないのレベルも気持ちもわからず、向いていませんでした。

ここは外注しようと思うようになるも、上手く仕事の切り分けができませんでした。

社内なら、担当が変わりましたで済むけど、個人事業主の連携だと、追加料金が発生するように見えちゃうんですね。

ところが、パックにすると今度はスターターキットにしては、価格が高くなりすぎてしまい、さじ加減が非常に難しかったことが印象的でした。

お客様のビジネスを制作物に落とし込むことと、お客様と一緒にビジネスを作り上げることの違いについても感じました。

6年目:迷走する(直受けフリーランス+常駐型フリーランス)

突然、起業界隈につま先を突っ込んでしまいました。
この頃は受託案件も常駐案件も受けていたのですが、ただでさえ時間がない身なのにわらじが増えすぎ!

実績を出せない受託案件をやめよう。
と思うように……。

結論としては、世間知らずでした。

ただ、ここでマーケティングの重要性を改めて知り、お客様が本当に求めていること、そして直接やりとりをする面白さを知りました。

今までは、好きな制作業を楽しくやっていただけ。

では、なぜWebサイトを作りたいのか。
集客ツールが必要なのか?
それは、事業を続けるために

  • 売上をあげたいから
  • 売上をあげるためには、集客が必要だから
  • 24時間自分の代わりに働く営業マンがほしいから(自動販売機と言うやつですね)

ということを、身をもって体験することができたのです。

非常に貴重な経験でした。
そして、それが面白くなってきた……。

むすめは難しいお年頃に突入

この頃から、ブログには書けないネタが増えて、子育てブログの更新頻度が激減しました。

悩みの質が、「赤ちゃん・幼児」というくくりから「属人的」になってきたんですよ〜。

フリーランスママのお仕事について娘4歳に聞いてみた

7年目:ミッションに燃えだす(直受けフリーランス+常駐型フリーランス)

この頃の私は、自分のミッションに酔ってました。

「女性の多様化する働き方を、得意なことで応援する」が、事業のミッション。

ところが、応援というキーワードが私にとってはよくなかったんですよね。
応援って無料でやることな気がしたし、応援と事業を結びつけることに変な抵抗がありました。

故に、高値をつけられない。

企業相手の直受け案件をしていたときの半値になってた気がします。

そもそもフリーランスって元請けの半値くらいなのにね。

それでも、業界平均なんだなあと思ったり。

なんだかバランスが悪い気がするようになってきました。

そして何より、人恋しいのなんの。
チームで仕事をしたいのに、予算が……。

一人でやるから、赤字でも巻き取れるだけで、外注することを考えると、100%アカです。

制作会社時代から、外注を買い叩いたり、雑な扱いをすることが嫌で仕方がなかったので、こればかりはポリシーを曲げることができず、出せないなら自分でやるしか……。

とはいえ、コーディングって好きではないし(できることはできますよ?)、自分がやると効率が悪い。

業務範囲が広がりすぎて、頭の切り替えにエネルギーを使うようになって、パフォーマンスが良くない感じていました。

メンタル力の限界

そのうち、メンタル的なエネルギーが欠乏しだして、何をやっても時間がかかるように。

ああ、私のあたまもデフラグできたらいいのに。

むすめは小学生になる恐怖で情緒不安定に

とにかくメンタル的なケアに追われる1年でした。

実際小学生になってからも、女子だからなのか、むちゅめだからなのか、メンタル的なケアであったり、自己肯定感をあげる交流であったりに時間をかけるようになりました。

身の回りのことは少しずつ自分でできるようになりますが、子育てにかける時間が減るわけではありません。

8年目:後始末(常駐型フリーランス)

一旦手持ちの仕事を手放したい。
と思い、案件の受注を停止しました。
自己肯定感が下がって、どうしようもなかったんです。

むすめの卒園・入学が控えていたこともあり、とにかく何が起きてもいいように、カラダを開ける方向で動きました。
就職決まらなかったら、本気でブログ頑張る!! と意気込んでましたw

おわりに:フリーランス生活に未練はある?

今のところ未練はありません。

やれることは、やれるだけ試したと思っているから。
そして、就職を選んだ理由が案件自体の獲得に悩んでいたわけではないからです。

また、自分のやりたいことが「Web系」だったことが、就職の決め手でもありました。
なぜなら、ひとくちにWeb制作といっても、とにかく工程が広いからです。
全ての最新情報を追い続けるのは、器用貧乏のわたしでもしんどかった!
※こどもの優先順位が高いですし

結果の出る制作物をつくり、事業をもりたてる。
という目的を考えたとき、結果を出せる場は?

フリーランスではないと、身をもって感じました。

次にフリーランスになるとしたら、Webデザイナーさん御用達の、グラフ・図&イラスト職人にする。と思ってます。
フリーランスは、あることに対するプロフェッショナルとしてやった方が、楽しいと思うから。

それではー!

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